2018年03月23日
木のプランター
やましたです。
本日も春の陽気ですね。
アトリエ前のプランターの菜の花もぐんぐん伸びて元気よく花を咲かせています。
このプランター、製材工場の人にもらった手作りで、はじめはただ、葉っぱを植えてあっただけだったのですが、こんなに育ちました!
片方は、虫に喰われてしまい、一時はほとんど葉が無い状態でしたが、枯れるかと思ったら、放っておいたら自然に再生してくれました。これが自然の力ですよね。

建築をやっていて、こう思う時があります。
建築は、社会や自然にとっては、善、悪で言えば、悪ではないか?ゴミは出すし、環境も変わる、資源は消費し、出来映えによっては景観も崩す・・そこに関わる人間関係やコミュニティも変わってしまうほど、影響力がある。建築する事って良いことなのだろうか?
前、同じように、人間て、地球にとって、悪ではなかろうか??と思っていた時がありました。人間て、自然の中のひとつではないのだろうか・・と。でも、ある時、自宅のある集落に流れる川の土手の様子を見て、こう思った事があります。「人も自然の中の一部になれるんだな・・」
それは、いつもその土手のいちばん高い所、集落が見渡せる橋の袂に座る、近所のおばあちゃんを見かけた時でした。ボクが見たのは、ただ、おばあちゃんがちょこんと土手に腰かけて青く広がる田んぼを見ているだけ、ただそれだけの景色でした。それが妙に美しく、自然で、可愛くて、、ああ、おばあちゃんも景色の一部、自然の一部、歳を重ねると自然物になれるのかあ・・と思ったのです。
もしかして、建築も、そうなれるのではないだろうか・・
本日も春の陽気ですね。
アトリエ前のプランターの菜の花もぐんぐん伸びて元気よく花を咲かせています。
このプランター、製材工場の人にもらった手作りで、はじめはただ、葉っぱを植えてあっただけだったのですが、こんなに育ちました!
片方は、虫に喰われてしまい、一時はほとんど葉が無い状態でしたが、枯れるかと思ったら、放っておいたら自然に再生してくれました。これが自然の力ですよね。

建築をやっていて、こう思う時があります。
建築は、社会や自然にとっては、善、悪で言えば、悪ではないか?ゴミは出すし、環境も変わる、資源は消費し、出来映えによっては景観も崩す・・そこに関わる人間関係やコミュニティも変わってしまうほど、影響力がある。建築する事って良いことなのだろうか?
前、同じように、人間て、地球にとって、悪ではなかろうか??と思っていた時がありました。人間て、自然の中のひとつではないのだろうか・・と。でも、ある時、自宅のある集落に流れる川の土手の様子を見て、こう思った事があります。「人も自然の中の一部になれるんだな・・」
それは、いつもその土手のいちばん高い所、集落が見渡せる橋の袂に座る、近所のおばあちゃんを見かけた時でした。ボクが見たのは、ただ、おばあちゃんがちょこんと土手に腰かけて青く広がる田んぼを見ているだけ、ただそれだけの景色でした。それが妙に美しく、自然で、可愛くて、、ああ、おばあちゃんも景色の一部、自然の一部、歳を重ねると自然物になれるのかあ・・と思ったのです。
もしかして、建築も、そうなれるのではないだろうか・・
Posted by こころ現代民家研究所 at 16:25│Comments(0)
│コラム